2015年5月9日土曜日

Portland day 1




羽田から深夜の便で、オレゴンを経由してポートランドへ

アメリカは何気に2013年ぶり

2013年の間に、タイで暮らしたり、アジアは何国か訪れたけど、
2013年の2月にニューヨークを訪れた以来
アメリカはすっかりご無沙汰だった

深夜についたので、まだ街の様子はよく分からない
深夜2時でも注文を受けてくれる宅配ピザ屋で
7インチのペパロニピザと、グリークサラダ
日本じゃ絶対飲まないダイエットコークを飲んだ

久しぶりにアメリカの空港の自由な空気と人々を目の当たりにした時、
もちろんワクワクもあるが、なんだかとても寂しい気持ちになった

今は、日本人を海外へ、英語をツールとして送りだす仕事をしているけれど
人をencourageする前に、一番encourageされなければいけないのは
自分であったことを思い出した

5年前にアメリカで1年弱の時間を過ごして以来、
この地に未練があった私は27歳までには、もう一度帰ってくることを目標としていた

またこの地で生活をするには
1.留学(大学院やMBA)
2.インターンシップ
3.就職
4.アメリカ人と国際結婚
5.日系企業からの転勤

再度留学をする余裕もなく、企業がすぐにH1ビザを出したくなるような
すごいスキルがあるわけでもない私には、
2.4.しか選択肢がなかったように思う

しかし、インターンで貧乏暮らしをする勇気も
国際結婚をするような縁にも恵まれなかった
きっと、他にも道はあっただろう

理想があったわりには、そこに自分が暮らす土地に対して「どうしても」
という執着を持ち、努力をすることができず27の年になってしまった

その間には、上記のような道でアメリカに渡った友人達もいた

自分が仕事でしている「海外に出よう」と人々を勇気づけること
また直接そんなアドバイスを友人にして、結局海外に永遠の縁を築いた友人もいた

それとは裏腹に自分自身の夢が叶えられていなかったことに気づいて
嬉しいはずの上陸が、自分自身への叱責の年と
過ぎてしまった月日に寂しい気持ちが溢れた

自分の人生の時間の使い方、何に情熱を注いで、何をするか
それをマネージするのは自分自身で、
そこで成し遂げられなかったことは誰のせいでもなく自分の責任

去年から興味を持ち、
何度か夢にも出てきたこの街に来れたことも
きっとなにかの理由があるはずだから、
外面的な情報だけではなくここで感じたことは、
きちんと記しておこうと思う

思うようにはすすめられなかった5年の中でも、
新しい場所に行って気づいたことは、
旅はいつも新しい発想を与え、それに対する決断を促すということ


行き止まりにも感じる27という年齢で、次に踏むべきステップを
過去の後悔も糧にして見つけられたらいいと思う







2015年5月7日木曜日

セカンドウェーブの終焉



今日かなり久しぶりにラップトップを持って、スターバックスに行った
2012〜2013年のノマドだった期間は、オフィスのように毎日通ったスタバ

wifiがあって、パーソナルスペースが広いというだけで、通い詰めた場所だったが(コーヒーが好きじゃないので)

あの頃の居心地の良さがなくなっていてがっかりした

雰囲気のいい通りにあるスタバで、休日になると店内は込み合う
以前は席を待つ人のための椅子があり、一杯の時は、店員がお客さんを椅子に案内し
小さなコーヒーを配るというホスピタリティがあったのだが

今日は「先に席をおとりください」とお客任せ
席を待つ椅子は以前のようにあったので、そこで腰をかけて待つが、
そんなことも知らない常連ではない客が空いた席に先に座る

待っているお客さんはみんな迷子
それを放っておくのは、スターバックスのホスピタリティに関する方針が変わったのか?
人権費をカットしたのか?

様々なところがホスピタリティの薄い、居心地の悪い場所になっていた。

と同時にこれも時代の流れと気づくと少し嬉しくもなる

最近サードウェーブコーヒーという言葉をよく耳にするが、
これは、自家焙煎で一杯一杯丁寧にいれるコーヒーのことを指す


スターバックスなどシアトル系のコーヒーチェーンはこれに対してセカンドウェーブと呼ばれる

セカンドウェーブの士気が落ちているのは、このサードウェーブの波がもてはやされていることは無関係ではないだろう

たった2年でも時代は確実に流れていて、人々の価値観もこういったコーヒーショップのブームに合わせて大きく変わっていったりする

セカンドウェーブであるスターバックスの時代が終わったことを
いい意味で感じた

今週末、このサードウェーブコーヒーの発祥の地である
ポートランドに行くので
ライフスタイルとカルチャーに合わせた
新しい時代の感覚を探ってこようと思う




2015年5月3日日曜日

最近の気づき


最近は、このブログも更新していなかったし、インスタグラムもやめてしまっていたし(つまり、美しい写真を第一に行動をとることをやめていたということ)

自分の思考やビジョンを発信することをしていなかった。
(もちろん仕事ではいつも物を書いていたけど)

ブログもSNSもそうだけど、一度更新が止まってしまうと、
その人はこの世界からも消えてしまったも同然

現実世界はそうとも行かないけど、
インターネットやアプリ上で繋がっていた人には
Dead(死んだ)ことと変わりはないだろう

発信し続けることに価値のある時代

先日インタビューをした若くして活躍している男の子は言っていた
「自分は、現状をSNSで発信することは、今までお世話になって関わってくれた人達への
感謝なんだ」

うーん、確かに。
自分がどれだけ充実しているか(リア充?)虚栄心や自己顕示欲からではなく
感謝の気持ちを伝えるために投稿する

21歳の男の子のSNSとの向き合い方にハッとした

世界には70億人も人がいるわけで、
それぞれの人が、仕事や生活を通して
何かを発信し、何かを与えている

与える行為を行わなければ、得ることができないというのは
世の中の定理で、

有益な情報だったり、その人らしい物事の見方、捉え方を
形は違えど、分かりやすく発信すること
そこに、人は集まる

人が集まり、パワーが集まることはまた世の中に大きな違いを生む

例えば、自分に世の中に発信すべきことがあるのに
それがいい形でできていない、何かが邪魔をしている
間違った行動をとっているなら

それを変えるべきなのかもしれない

それを変えたところの不安をカウントするより、
自分のアイデアがちっぽけに見えても

仕事の形も変わり、発信の形も触れる情報も大きく変化を遂げた今だからこそ

思ったより、それは小さなアイデアではないのかもしれない

Dream big start small

このブログを初めて、あっという間に3年が経ってしまったけど
私もまだ諦めてはいけないと思った 
気づき